ファン・ジニ(黄真伊)
ドラマの黄真伊
韓国ドラマのファン・ジニは、2006年10月11日から同年12月28日まで、24話、毎週水・木曜日の夜9時55分から放送されたドラマです。日本のNHK海外ドラマで2018年から放送されています。
16世紀の朝鮮王朝時代、愛と芸に生きた妓生、ファン・ジニの波乱の生涯を描いたドラマで、韓国の小説家の金琸桓の小説「私、黄真伊」をドラマ化したものです。
金琸桓氏(1968年生まれ)は、韓国で人気を得たドラマ「不滅の李舜臣」の原作者でもあります。
ドラマの黄真伊の中には歴史的に実在した人物は殆どうないですが、碧溪守と言う人は実在した人です。
黄真伊に関する記録は正史ではない野史の中にのみ書いてありますが、後年の黄真伊は碧溪守を愛したけど碧溪守から断られて落胆してさびしい末年を過ごしたかのように書かれています。
歴史上の黄真伊
ファン・ジニ(黄真伊:1506年?~1567年?)は、朝鮮王朝時代中期に詩・音楽・舞踊・書道の分野で活動した女性で、妓生としてもっとも有名な女性です。妓名の明月は妓生を表わす代名詞にもなっているほど有名です。
黄真伊は高麗の都だった開城に住む黄の氏を持った人の庶女(側室の生まれ)で、父は科挙の試験に合格した下級官吏(進士)だったらしいが記録はありません。なので黄真伊は身分の低い妓生ではなく、儒学的知識もあり両班と付き合える高級妓生だったようです。
韓国の妓生は日本の芸者に似ているかもしれませんが、おおざっぱで三つのレベルがあり、一流の妓生は当時の都(ソウル:漢陽)で主に王族の人たちを相手にして、儒教的素養と芸の才能も兼ねていた女性で、二流の妓生は地方で活躍した女性のことで、三流の妓生は普通に考える芸者のような女性だそうです。
黄真伊は、高麗時代の都だった開城で活躍したのでレベル的には二流の妓生に入ると言えるかもしれません。しかしプライドが高く自由奔放な性格で韓国の歴史上では沢山の噂を残しています。北朝鮮の開城市は黄真伊の墓を保存しています。墓は2018年北朝鮮と韓国の首脳会談が行われた板門店から近い黄海北道板門郡にあります。
黄真伊の詩
下には黄真伊が作った「靑山裏碧溪水」という詩です。「碧溪水」とは綺麗な水を意味しますが、黄真伊が愛した人の名前(碧溪守)と同じ発音です。碧溪守(1508年~?本名は、李琮淑)は王族で黄真伊の噂を聞いて彼女に会いたいと思っていて、黄真伊がいる場所を通る時に、黄真伊が碧溪守を誘うために作った詩と言われています。
靑山裏碧溪水
靑山裏碧溪水
莫誇易移去
一到滄海不復還
明月滿空山
暫休且去奈何
青い山奥を流れる川水よ
苦労もなく流れていくのを自慢するな
一度海に至ると戻れないから
明月がさびしく山を照らしている内に
ちょっと休んでから行くのはどうかな?
碧溪水は碧溪守を意味し、明月は黄真伊の妓名ですから黄真伊本人を意味します。この時碧溪守は黄真伊が作ったこと詩を聞いて慌てて馬から落ち、恥をかいたそうです。この一話から黄真伊の性格や才能が予想できるかもしれません。黄真伊は碧溪水がすきだったのですがすでに家庭をもっていたので最終的には一緒になれることはできなく落胆しさびしい末年をすごしたそうです。
作成:2018.5.18